2005年06月05日

IM CHANNの日記8

IM CHANNの日記0〜7 

 時々、前を歩いている人が、後ろの人をおどろかすことがあります。たとえば、前の方にベトナム軍がいっぱいいるとか、鉄砲をいたずらでうったりしました。
 一番悲しかったのが、前の人がばくだんをしかけて、後ろの人がそのしかけられたばくだんをふんでしまったことです。ふんだ人は体がメチャクチャで、体がばらばらになり、肉なんかは木の上にのったり、頭は何分の一しかなく、脳みその中が、だらっと落ちてきます。
 ぼくたちは、その時、ばくだんをふんだ人の近くにいたのであぶなかったです。


 みんながんばってタイまで歩き続きました。一ヶ月半ぐらい歩きました。洋服なんかは、もうぼろぼろです。いろいろなことがあって、とてもつらかったです。
 タイの国に入って、うれしくて、みんな安心しました。やったぞ、もうだいじょうぶだ!ぼくら5人は、とてもよろこびました。


 この仲間4人は、今、アメリカでくらしています。ぼくだけ日本に来てさびしかったけど、いまはもうだいじょうぶです。

――完――


 8回にわたり掲載してきました「イム チャンの日記」も、一応今回で終了です。構想新たに、またイムチャンの文章が紹介できればいいなあ、と思っています。
 まずは ひとまず イムチャン ご苦労様でした。

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2005年05月24日

IM CHANNの日記7

 一ヶ月ぐらいで、ベトナム軍がだいぶカンボジアに侵攻してきました。ポルポット軍は、ばらばらになり、みんな山の中ににげこみました。
 ぼくたちももう戦争はやりたくないから、子ども5人でタイの国へにげました。
 最初、あまり食糧はもたず、鉄砲をたくさんもってにげました。ある人が、
 「鉄砲をもってどうするの。鉄砲をもった人がベトナム人に見つかったら、殺されるよ。」
と言いました。ぼくたちは鉄砲をやめて、食糧や洋服をもつことにしました。


 もう戦争はとてもひどくなって、死亡者も多くなりました。ぼくたちはどうしようもなくて、山の中で生活をするようになりました。
 毎日、悲しい事や家族のことが思い出されて、ぼくたちは顔を見合わせてみんなで泣いてしまいます。これから誰かに助けてもらえるのだろうか、と心配でした。そして5人で相談して、他の人についていくことになり、山の中をあるきはじめました。
 一日に2〜3qしか歩くことができません。山に登ったり、歩きにくい道を歩いたりしました。時々雨も降ってきますが、もちろん雨の中でも歩き続けます。
(つづく)


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2005年05月21日

IM CHANNの日記6

 ポルポット軍の訓練は、重い荷物を持って走ったり、時間を計って、時間以内に入らないとなぐられたり、けられたりしました。ぼくの目の前でそういうことがあって、かわいそうで涙が出ました。なんておそろしい人たちだろうと思いました。
 たとえばだれか逃げ出して、つかまったらもう命がありません。みんなが見ている前で殺されます。ぼくは何人も殺されるのを見ました。ぼくは、やめろ と言いたかったけれど、勇気が出なくてとめられませんでした。


 子どもは軍隊に入れられ、戦争の訓練をします。鉄砲の使い方も訓練しました。鉄砲はもちろん本物です。ぼくは鉄砲の使い方を教えたり、めんどうをみてあげました。グループは6人ぐらいで、子どもだけでした。


 訓練やさまざまなことをやりながら一年ぐらいたったころ、ぼくたちは新しい場所へ移されました。メコン川近くのコンピントームという村です。プノンペンから車で一時間半ぐらいはなれています。訓練は続けられました。


 1981年になって、ベトナムとの間で、戦争が少しずつはじまりました。そのころぼくたちは、また前の場所にもどされました。
 もどったら、その村に、人がまったくいませんでした。どうしたのか、どこにいったのかわからず、とても不安になりました。 
(つづく)


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2005年05月20日

IM CHANNの日記5

 たとえば、お金がない人は子供を学校へ行かせられません。お金を払わないと学校へ行くことができません。日本は、お金がなくても学校へ行けますが、むこうはそういうのがかんたんにいきません。だから学校にいけない子供がたくさんいました。
 そこでカンボジアでは大問題が起きました。お金なんか使うのをやめようという意見が出ました。貧しい人たちはお金を使うことに大反対で、みんな同じ生活をしよう、お金なんていらないと言いました。
 それで戦争を起こしたわけです。


 この戦争は、2つに分かれて、1つはサハーヌック(スワヌーク)軍で、もう1つがポルポット(ポルポト)軍です。
サハーヌック軍はお金を使う側、ポルポット軍はお金を使わないでみんな同じ生活をしようという側です。
 結果は、ポルポット軍が勝ちました。


 ポルポット軍が勝って、カンボジアではお金を使う事が、まったくなくなりました。
 生活も変わり、大人は大人同士、子供は子供同士のグループで生活します。ごはんは食堂で、みんなで食べます。一日三食だけど、朝食はあまり腹いっぱい食べられません。
苦しい毎日でした。
 ぼくはセハーヌク軍から転向して、ポルポット軍に入りました。ポルポット軍はとてもおそろしくて、まじめでない人は、毎日厳しい訓練をさせられます。
(つづく)

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2005年05月18日

IM CHANNの日記4

 ぼくは、母の死亡をまったく知りませんでした。亡くなってから2週間たって、ある人がぼくに教えてくれました。
それを聞いた瞬間、ぼくは胸の中がいっぱいになり、泣き声もでませんでした。
 いろいろな事情を聞くと、ばくだんがうちの横に落とされて、ぼくの母の胸のところに、2つの穴があいたそうです。
 「そうしきもできなかったけれど、うちの近くに、もう、うめてあるからだいじょうぶだよ。」
と、ぼくに声をかけてくれました。
 ぼくは納得できなくて、なみだがぼろぼろ出ました。何日も、ごはんも食べられなくて、毎日つらい思いでした。
隊長が、
 「もう泣くな。お母さんはもうもどってこないのだから泣いてもしょうがないよ。こういう厳しい世界なんだ。」
と言いました。
 ぼくが10才の頃のことでした。


 この戦争が終わって、いちおうぼくの国は平和になりました。この戦争が起きた原因を、ぼくの知っているだけ、説明します。
 昔は、ぼくの国でも日本と同じようにお金を使っていました。でもかんたんにお金は手に入りません。会社を経営したり、いろいろなものを商売している人はお金を持っています。でも、貧しい生活をしている人の方が大勢います。
(つづく)

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2005年05月13日

IM CHANNの日記3

 ぼくの家にいる牛は、オスが2頭メス1頭で、馬はオスです。ぼくは、馬がけっこう好きで、乗ったり、体を洗ったりしました。
 この馬はとてもやさしくて、体がすごく大きいです。ぼくは馬に乗るとき、馬を木の近くにつれてきて、木にのぼってから乗ります。そうしないと乗ることができません。
 ある日、ぼくは馬から落ちました。そして2〜3週間ぐらい、足を骨折しました。
 やっぱりうちの手伝いは、一番あったかいです。生まれてから大きくなるまで、こんな幸せな家庭で生活しました。


 家の手伝いを数年ぐらいしたころ、兄が、
 「オレと一緒に軍隊に入らないか。」
とぼくに声をかけました。母は大反対でした。でもぼくは牛のめんどうとかいやだったから、
 「兄ちゃんと行きたいよ。」
と言いました。兄は、
 「だいじょうぶだよ母さん。オレがちゃんとめんどう見るから。」
と母に話しました。そして、ぼくと兄は軍隊に入りました。


 軍隊に入ると、とてもつらくて厳しい毎日でした。そして、またここでぼくはもう一本の道を歩きだしたのです。
 1979年に戦争が始まりました。ぼくはうちに帰ることができなくなりました。
 この戦争で、ぼくの母は死亡しました。
(つづく)


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2005年05月10日

IM CHANNの日記2

 (前号からのつづき)
 なぜ象におそわれたのか、ここで説明します。
 最初に父がヘンなことを言い出しました。
 「見てろ。オレが象を驚かせてやるぞ。」
 ぼくが「あぶないじゃないの。」と言ったら、父は「お前はだまって見てろ。オレがやるから。」と言いました。そこには象がたくさんいました。
 父は鉄砲を手に持って、空に向かってパーン、パーンと2発うちました。すると象があばれだしました。
 リーダーみたいな象が2〜3頭、音のした所に向かっていろんな声を叫びながら走っていきました。父が、「これはちょっとやばいよ。」とぼくに声をかけました。
 だんだん象が近づいてきた時、父が「あぶないぞ、逃げろ。」と言いました。ぼくは走りながら、こわくて泣きました。ちょうど川が近かったので、ボートに乗って向う岸に渡りました。命が助かってよかったです。


 ぼくの父は、ジャングルの中のことをよく知っています。いろいろな動物をぼくに食べさせました。ヘビや鹿や猿やカエル、さらにカメまで。ぼくはさまざまな動物を食べました。
 でもぼくは父が大好きです。


 そして数年ぐらいたって、ぼくは学校に行くようになって父の仕事の手伝いをやめました。今度は午前中、学校に通って午後は母の手伝いをしました。母の手伝いは、牛と馬のめんどうを見ることです。ぼくのうちでは、牛3頭と、馬を一頭飼っていました。
(つづく…かな?)


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2005年05月09日

IM CHANNの日記1

 ぼくは、7〜8才の時に、父と二人で山の中へ行き、父の仕事を手伝いました。
 父の仕事は大きな木を切ったり、その木を街で売ることです。
 ぼくは、父が仕事をしている間に食事を作ります。家から米だけ持っていき、野菜などは山でとります。魚は釣りや網でとります。ぼくはその時から魚釣りが好きになりました。
 ある日、父が言いました。
 「人生はつらいけれど、いつかきっと幸せになるさ。」
 「自分が何をやりたいのか、きちんと考えなさい。お前は魚釣りが好きだが、そういうことも忘れないで欲しい。」
 ぼくは今でもその言葉が忘れられません。父と別れて、10年くらいたちました。


 ぼくはその頃、まだ学校には行ってませんでした。何ヶ月も父と二人で山の中の生活をしていました。はじめはこわかったけれど、だんだん慣れて、何もこわくなくなりました。
 時々いろんな動物が目の前にあらわれてびっくりしたけれど、父の近くに座っていました。父は、
 「この動物はこわくないよ。あいつらは水を飲みにきたんだよ。心配しなくてもいい。」と言いました。でも、ぼくはなんとなくこわかったです。
 猿や象、鹿とか、時々蛇なども見かけます。
 ある日、父と二人で象におそわれました。
(つづく)


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IM CHANNの日記0

僕の死んだ母方のおばあちゃんはとても立派な人でした。

地元の児童福祉とか厚生とかにとても熱心で、近所の子供の面倒をみたり、援助をしたり、とても地域に貢献していました。

その活動がたたえられて、とても多くの賞状をもらいました。

僕が5歳とか、よく覚えてないけど幼稚園年少のときに、カンボジアから11歳くらいの僕よりも一回り大きい子供がうちにやってきました。

カンボジアはその当時内戦でとても大変な国らしく、僕のおばあちゃんがその子供を引き取ったそうです。


名前をIM CHANN(イム チャン)といいます。


それまで3人兄弟だったけど、イムチャンが来て4人兄弟になりました。

イムチャン→イムちゃんって呼んでました。今でも。

イムちゃんは僕と同じ小学校、中学校に入りました。

中学校当時、学校の企画でカンボジアでの体験を書いた『IM CHANNの日記』が実家から出てきました。

僕も昔読んだことがありますが結構衝撃だったのを覚えています。

貴重だと思うんで紹介します。

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